Setsuko Kanie

「タネ・マフタ(森の神)」は樹高51.5メートル、幹回り13.8メートル、推定樹齢2000年以上。ニュージーランドで最も太いカウリは「テ・マツアナヘレ(森の父)」で幹回り16.41メートル。これもワイポウアの森にある

「森の神」と呼ばれるカウリ

(ニュージーランド北島・ワイポウア森林保護区)

そこはニュージーランド北島の北部、タスマン海沿いに広がるワイポウア森林保護区。森のなかにつくられた遊歩道を歩き出すと、数10メートル離れた左手に、天空に向けて突き立つような白い樹肌の巨木が見えた。樹高ゆうに50メートルはあるだろう。ひときわそびえ立つその姿を目にした途端、周囲の空気は森厳なものに変わった。
森の主でもあるかのように気高い巨木。森に漂う神聖さは明らかにこの木によって発せられていた。
その木をしばらく見つめ、周囲に漂う厳かな空気を味わったあと、再び遊歩道を歩き出すと道は弧を描くようにカーブし始めた。巨木を眺めた場所から半円を描くように進んでいる。そう感じていたところで、いきなり巨木が目の前に出現した。さきほどの印象とは異なり、巨木は愕然とするほどの圧倒的な迫力で眼前にあった。
幹の体積244.5立方メートル。これがニュージーランド最大の巨木「タネ・マフタ」である。タネとは先住民マオリ族の言葉で神という意、マフタは森を指す。つまり、この木は「森の神」と呼ばれてきた。神の持つ気高さとパワーの両面を体感できる上手い演出がなされて、いまもワイポウアの森に鎮座しているのだ。
タネ・マフタはナンヨウスギ科に属するカウリという樹種。ニュージーランド固有の木で最も背が高くなる。しかも、若いときは幹にたくさんの枝をつけるが、年を重ねるごとに枝を落とし、上部だけに枝をつけるようになる。すっきりと立つその姿はカウリの木自身の性質に由来しているのである。そして、ニュージーランドの北島はかつてこのカウリの原生林が広がっていたのだ。
しかし、湿気や害虫にも強く、柔軟性に富んで軽く、木目は均一でまっすぐだという格別に優秀な材でもあったカウリは現在、限られた場所にしか残されていない。優れた材であったために1800年代になると、北島には繁茂していたカウリを狙ってヨーロッパの造船業者が盛んにやって来た。イギリスからはカウリ積み出しのために軍艦が多数来航した。その後も、イギリス植民地となり、チェーンソーの導入とともにカウリの伐採は急激に進み、やがて伐り尽くされた1951年には伐採禁止となった。そうして、ワイポウア森林保護区やコロマンデル半島などの一部にしか、カウリの木は見られなくなってしまった。
   ニュージーランド最大の巨木はこの国のかつての豊かなカウリの森を思い出させるともに、森を伐り尽くしてしまった人間の愚かな歴史をも語っている。静かに森に立つ巨木は森の神という名にふさしい役割をも担っているようでもあった。

Setsuko Kanie

コロマンデル半島に残るカウリ。まっすぐに伸びるだけでなく、幹に凹凸がない良材であることがわかる。


Setsuko Kanie

カウリ博物館に展示されていた長さ22.5メートルのカウリ。長大材がとれる最高級の材でもあった。それが災いして次々と伐採され、材として使われてきたのである。

Setsuko Kanie

カウリ博物館に再現されたカウリの幹回り。最大で26.83メートルのものがあったことを示している。