Setsuko Kanie

自然の力がいかに強いかが思い知らされるタ・プロム寺院の回廊。西洋人は修復が進む遺跡を好むが、日本人にはこの遺跡のほうが人気がある。巨木はガジュマルの仲間。

遺跡を支えるガジュマルの木

(カンボジア・アンコール遺跡 /タ・プロム寺院)

回廊の屋根から縦横に根を下ろして、いまにも崩れ落ちそうな石積みの遺跡をのみ込むかのような勢いで伸びる巨木。それは栄華を誇った人間の営みなど歴史の1ページを飾ったにすぎず、結局はすべて自然に帰すのだと無言で語っているかのようだ。
実際、苔むした遺跡の内部など、巨木が生えていないところでは無残にも石が崩れ、瓦礫の山を呈している。遺跡は巨木によってかろうじて支えられてもいるのだった。
カンボジアの首都プノンペンから北西へ約300キロ。豊かな水を湛えたトレサップ湖の西北端にアンコール地方はある。壮大な数々の寺院をこの地に築いたのが、インドシナ半島の大部分とマレー半島の一部までを領土とした大帝国「クメール王国」のなかでも最も裕福だったアンコール王朝である。
壮大な伽藍と美しい彫刻からクメール建築の傑作といわれるアンコール・ワットや、アンコール・トムなど世界文化遺産とされているのが、9世紀から13世紀にかけて栄えたこのアンコール王朝の遺産群。1861年にフランス人によって発見されるまで、400年余りも眠っていた。いまは巨木によって支えられている「タ・プロム寺院」もアンコール遺産群の1つだ。
タ・プロム寺院は1186年、ジャヤヴァルマン7世が母親のために建てた仏教寺院である。東西1キロ、南北600メートルの敷地内には三重の回廊が巡り、母の墓があったと思われる中央神殿の壁にはかつて宝石がちりばめられていたという。ここには当時、5000人の僧侶が暮らしていたとも伝えられている。
きらびやかだった面影もなく、多くの人々が暮らしていた温もりが幻とも思える現在のタ・プロム寺院。その寺院の回廊から血管のように地上に伸びているのは気根である。巨木はクワ科イチジク属のガジュマルの木の仲間で、この木は地上でなく、ほかの木の枝など高い場所で芽生え、そこから気根を伸ばして根付き、やがて寄生した親木をのみ込んで生長する。アンコール王朝が滅んで静寂が続く回廊の屋根に、あるときガジュマルの種が落ちてここまで巨大化したのである。巨木には樹齢300年のものもある。
アンコール遺跡群は日本などによって修復され続けているが、タ・プロム寺院だけは自然の力を明らかにするために、あえて木を取り除いたり修復をしないままにされているからでもある。自然の脅威を目の当たりにする。そのために人の手を加えない。これは今後の私たち人間にとってかけがえのない選択になるに違いない。

Setsuko Kanie

屋根を覆って生長したガジュマルのうえに別のガジュマルが芽生え、のみ込もうとしている。


Setsuko Kanie

アンコール・ワットを行き交う僧侶たち。往時はタ・プロム寺院でもこのような風景が見られただろう。

Setsuko Kanie

アンコール遺跡は地元の人々にとって憩いの場でもあり、週末のアンコール・ワットでは結婚式の撮影があちこちで行われている。