Setsuko Kanie

樹高25.3メートル、直径5.22メートル。確認されている最大のヤクスギは日本で一番太いスギでもある。

日本最古・最大のスギ「縄文杉」

(鹿児島県屋久島)

霧深いヤクスギの森には、巨木の根が絡み合った天然の階段のような山道が続いていた。いたるところに流れる清流で喉を潤しながら、歩くことおよそ5時間。登山道の前方から威圧感のようなものが漂ってきた。巨木の姿を発見する直前に伝わってくるオーラにも似た独特の感覚だ。しかも、それはいつもよりかなり強い。最後の急坂を這うように登ると、開かれた空間の上部に気のようなもの放っている主が見えた。
幹周り16.4メートル、推定樹齢7200年。縄文時代からの生き残りという理由から「縄文杉」と名付けられた日本で最も太いスギである。その後、樹齢は2200年以上5000年未満と訂正されたが、日本最古のスギの一本であることに変わりはない。屋久島では樹齢千年以上のスギだけがヤクスギと呼ばれ、千年未満ものはコスギと呼ばれているが、島のほぼ中央、標高1300メートルの斜面に立つ縄文杉は数あるヤクスギのなかの王者でもある。
深く刻まれた皺、いたる所から盛り上がる巨大な瘤、巨体を支えるために盤踞する根。幹の太さのわりに樹高は高くないが、ずんぐりとした樹形がよけいに力強さを感じさせる。スギ本来のスマートさは微塵もないが、この姿ゆえに縄文杉は伐採から免れたのである。
幹に触れると、なんとも温もりのある樹肌であった。そして、そこには紅色の樹液が滴っていた。それは花崗岩の上に薄く堆積した地味薄い表土で、必死に巨漢を支える巨木の汗とも涙とも見えた。
初めて縄文杉を見に行ったのは15年前ほど前のことだ。世界自然遺産に登録されたいまでは根元の保護のため見学用デッキが設けられて根元まで近づけないが、当時は幹の近くまで行って触れることができた。何千年という生命の力強さと温もりを堪能した後、見上げると、縄文杉にはナナカマドやサクラツツジなど、さまざまな低木が着生していた。樹上はもうひとつの森だった。何千年という生命はまた、別の多くの生命も育んでいたのである。
巨木を見に行ったことのない人を連れ出したとき、「たった一本の木を見るだけでこんなに感動するなんて思わなかった」と云われることがあるが、このとき縄文杉を見た私の感想はまさにそれだった。しかも、往復10時間という道のりを歩き通せるかと心配だったのだが、帰りの道では不思議に往きより元気になっていた。巨木が与えてくれるエネルギーを初めて実感させてくれたのもまた、このヤクスギの王者だったのである。

Setsuko Kanie

縄文杉までの道程にある「ウィルソン株」。江戸時代に伐採されたヤクスギの切り株だが、切り口の周囲が14メートル近くもある。

Setsuko Kanie

雲霧帯と呼ばれる屋久島の森ではよく雨が降り、霧が発生する。湿度の高い森では木々の幹や枝が水分を含んだコケに覆われている。

Setsuko Kanie

標高1500メートルから上ではヤクスギの姿はなくなり、ヤクザサのなかにヤクシマシャクナゲが可憐な花を咲かせている。

Setsuko Kanie

ヤクスギの森では江戸時代に伐採された跡から若木が生長する「切り株更新」が多く見られる。