巨 木 紀 行
〜大自然への誘い〜
世界最長寿の木
「ブリスルコーン・パイン」
撮影・吉田繁  文・蟹江節子
(カリフォルニア州・ホワイトマウンテン)
Copyright (c) Setsuko Kanie, All rights reserved
 ホワイトマウンテンの標高は4342メートル。ブリスルコーン・パインの森はこの山の標高3000メートル付近から上にある。樹齢4727年の「メトセラ」と名づけられたブリスルコーン・パインもそこにある。この樹齢は推定ではなく、年輪を正確に数えたものだ。現存する木としては世界最古であり、この森にはほかにも4000年を超える木がいまなお17本も生きている。

 森の入り口までは車で来たため感じなかったが、歩き出した途端、そこがいかに過酷な環境であるかが身に沁みた。標高が高いため当然、空気は薄い。しかも、地面は見渡す限り瓦礫のようで、空からは強烈な紫外線が照りつけてくる。実際、年間降水量は300mm以下と世界最高クラスの乾燥地帯で、その大半は雪であるという。日中は強烈な紫外線にさらされるが、太陽が沈むと昼の気候とは逆に凍えるような寒さが襲ってきた。
 

 そんな厳しい環境に苦悶するかのように、ブリスルコーン・パインの木々は樹皮を剥がれ、幹をよじり、立ち枯れたように立っていた。およそ森という名にふさわしい風景ではない。しかし、どの木にも生き抜いてきたすごみがある。

 見たこともない風景にしだいに目が慣れてくると、完全に生を終えた木がまるで生きている木のように力強く立っているのに気づいた。強風に耐え幹を支えるためと、少ない養分をできる限り吸収するためにブリッスルコーン・パインは根を縦横無尽に張り巡らせている。さらには、わずかな降水量と乾燥、養分の少ない土壌、昼夜の激しい気温差というブリッスルコーン・パイン以外の木が育たない環境が倒木を分解する菌類やバクテリアさえも寄せつけないからである。

 死しても立ち尽くす木とは逆に、生きている木のほうはほんのわずかな緑しかつけていない。ほとんど枯れた木のような風情がこの地の環境を物語っている。生長率は100年で1センチほど。年輪が円を描けるほどの養分がないため、ほんの一部にしか葉がつけないのである。

 だが、生長速度が遅いほど、木は緻密に育つ。年輪が密なのは、屋久スギと同様で、たっぷりと樹脂を含んでいる。それは腐敗や病気に強く、水分の消失を防ぐことにつながる。あたかも、それは粗食な人間ほど、かくしゃくとして長命なのに似ている。過酷な環境に屈することなく、黙々とそれに準じ、我が身の大部分を枯らして一部だけで生きる。それがブリッスルコーン・パインの長寿の秘密だったのである。
高地の強風、極寒、乾燥、岩石質の土壌と戦いながら、自然と適合する生き方を体得してきたブリッスルコーン・パイン。幹がねじれるのは、風上側の乾燥により細胞の角度にひずみが生じるからともいわれている。
右が立ったまま枯死した木。左が生きている木。生きている木でもこの程度しか緑をつけないし、死んでいても見事に立っている木が多い。ここでは、生きている木をリビングツリー、立ったまま死んでいる木をデッドツリー、倒木をデッドウッドと呼び分けている。
山腹を眺めるとホワイトマウンテンの環境がいかにきびしいかがわかる。遠目からはほとんど急な砂地のようにも見えるが、歩いてみると、地面は白または赤褐色の大きな砂岩がゴロゴロとしている。
メトセラは世界最古の樹として現在もこの山で年輪を重ねている。そして、いまもなお発芽能力を備えた松かさを生んでいる。しかし、その所在は保護のため一般には明らかにされていない。
年輪をサンプリングするための「Swedish Increment Borer」。左の中心にある茶色の細い棒がサンプリングされた年輪。この中心をスライスして年輪の幅を見る。
ブリッスルコーン・パインの名前の由来はこのトゲトゲの(=ブリッスル)松かさ(=コーン)。和名をイヌイガゴヨウマツといい、したたるような樹脂がついている。
「世界の巨樹を見に行く会」では、極秘資料をもとに2002年のツアーで「メトセラ」を発見。幹周りは計測したところ2.4メートル。幹には年輪をサンプリングした跡が残っていたが、たしかに生きて葉と松かさをつけていた。