樹幅世界一の「トゥーレの木」

(メキシコ・オアハカ市)

木は視野に入り切らないほどの太さだった。根元の周囲は58メートル。あまりの巨大さに目を見張るばかりだ。それもそのはずで、この木は世界一太いとギネスブックにも登録されている。世界的に公認されているためか、この木のために公園がつくられ、多くの観光客たちが取り巻いていた。

トゥーレの木はスギ科の針葉樹でヌネスギの近縁種。「トゥーレ」とはこの木のある村の名前で、メキシコの固有種である木は現地名で「アウェウェテ」という樹種である。これはメキシコ先住民の言語ナワトル語で、「水の老人」という意味。ヌマスギに近縁であるようにこの木はたいへん水を好む。

推定樹齢2000年以上といわれるが、1830年ごろ、トゥーレの木には地上6メートルのところから、滝のように水があふれ出したという逸話がある。水の老人という名にふさわしいエピソードだが、これは木の下に豊富な地下水が流れ、その水をトゥーレの木が存分に吸い上げていたことを示唆している。

実際、トゥーレという村名の起源は「トゥジン(Tullin)」という水草で、この地はかつて水の豊富な場所で水草が繁茂していたのだった。水を好むアウェウェテの木もたくさん生えていたのだという。

しかし、いまトゥーレ村にはこの木は9本しかない。しかも、ほとんどの木はそれほど太くもなく枯れつつある。人口増加によって、急速に水不足に陥ってしまったからである。トゥーレの木だけがこれほど大きく元気に残存し続けているのは、じつは木の下に灌漑設備があるためだ。そればかりではなく、オアハカ市では12トンもの枝を刈り込み、有機肥料を与え、避雷針を立てたり、車道を迂回させたりとこの木を必死に保護している。

私たちは市長に許可をもらい、トゥーレの木の幹回りを日本式に地上1.3メートルのところで測らせてもらった。その結果、幹回りは45メートル。ところどころに枝を刈り込んだ跡が確認でき、梢には意外にもたくさんの鳥がいることもわかった。あとで聞くと、鳥のフンで木が痛まないように定期的にきれいにしてもいるということだった。

これほど人の手を尽くしているのは公認世界一の木だからだが、そうでもしないと存続が危ぶまれるという側面もある。しかし、トゥーレの木を保護している人々によれば、この木は街全体の環境保護のシンボルであるからだという。大気汚染と水不足、地盤沈下に悩む、かつての緑と水の都市メキシコシティの轍を踏まないために、彼らはトゥーレの木を守り、現在は植林活動も盛んに行なっているのである。

Setsuko Kanie

公園の外側から眺めたトゥーレの木。樹高は42メートルある。公園化されたのは1941年、地下水は51年に引かれた。


Setsuko Kanie

メキシコシティにあるテオティワカン遺跡。ピラミッド建造のために大量のアウェウェテが伐採され、その森林破壊がこの都市国家滅亡の引き金になったという説がある。

Setsuko Kanie

公園内にトゥーレ村の起源を示す石碑があった。池の両側に生えているのがトゥジンという水草。

Setsuko Kanie

オアハカ市の環境保護のシンボルともなっているトゥーレの木。巨木ではあるが、人工的に守られている感じは否めない。自然の状態でも木が元気でいられるように環境自体をよくしていくことがわれわれ全員、地球全体に課せられたテーマであることは間違いないだろう。